Gitzoのオフセンターボール雲台にReally Right Stuffを載せるための小ワザ。

これまたごくごく一部の人にしか役に立たない……けど、その一部の人にはわりと参考になるんじゃないかというニッチなハナシです。

こちらはGitzoのGK1580TQR5、カーボンの5段タイプで、いまのところ持ち出す頻度がいちばん高い三脚です。たたんだ状態の長さ、なんと355ミリ! 軽くても信頼できるというのはGitzoの強みですが、それ以上に、なんせ短くなるわけです。これがいいのよ、ホントに。大きめのカメラバッグなら中に入れられるし、バックパックのショルダーベルトにMoleでもあれば、ぶら下げて歩けます。唯一の難点は純正の雲台で……いや、雲台そのものは悪くないのですが、当時のGitzoのクイックリリースがなんとも使えないヤツなので、クランプ部分だけSunwayfotoの専用品に替えています。

後継モデルとしてはGT1555TとGH1382TQDの組み合わせということになり、最新のDプロファイル採用なので、アルカスイス互換クランプとしての使い勝手も向上している……ハズだと思います。Gitzoの意固地な部分、もう少し丸くなってもいいと思うんだけどね。

で、ここから本題。伸展時の高さとか耐荷重とかGK1580で不足なときには、みんな大好きManfrottoが活躍したりもするわけですが、自分としてはこちらのGitzoにも思い入れがあるんです。

フランス製造時代の、G1228初期モデルと、G1275M初代の組み合わせ。たしか1995年ごろに買ったもので、かれこれ25年ほど使っています。それまではHuskyユーザだったのですが、待てど暮らせどカーボンを導入しないHuskyにしびれを切らして乗り換えた、初めてのGitzoでした。当時は海がらみの取材も多く、ビーチで望遠をのぞいていたら足元まで波が……といったこともよくありましたが、ホテルに戻ったら脚をバラして風呂場で洗浄、ドライヤーで乾燥!なんて現場でのメインテナンスが効くのもカーボン三脚の強みでした。もちろんグリス必携でしたけど。とにかく世界中、いちばん旅した相棒がコイツですし、いちばん長い付き合いの機材でもあります。その間、カメラのボディは9台か10台の代替わりをしているはずなので、まあ三脚は高くてもいいヤツを買っておけ、ということですね。沼に引き込まれないためにも(笑。

G1275Mは、当時は革新的だったマグネシウム素材で軽量化を図ったモデルです。初期型なのでスリットはT字で、滑り止めもラバーではなくコルクです。コルクに跡が付いているのは長年コイツで使っていた、いまは亡きSaundersのクイックリリースベースの名残ですが、コルクの質そのものに劣化がないのはさすがのGitzoクオリティ。最近のヤワなラバーよりガッチリ止まります。そういえば頑固なクセに意外と新素材が好きなGitzoはカーボン化でも先駆者でしたが、マグネシウムに続いては、砕いた玄武岩を高温で焼成するというバサルト素材なんてのも実用化していました。こちらは残念ながら原材料となる高品質な玄武岩の確保が難しくなったために打ち切られていますが、アルミより軽くてカーボンより安価というユーザ目線のシリーズでしたっけ。

話を戻して、このG1275M、現在も継続しているオフセンターボール雲台というカテゴリーのアイテムです。なんで「初めてのGitzo」にコレを選んだのかというと……実はよく覚えていません。それまではHuskyの3ウェイ雲台を使っていたわけで、たぶん持ち運びにパン棒の長さがイヤだったんだろうとは思いますが、通常のセンターボール雲台を経由することなく、いきなりコレだったんです。不思議です。というのは……

こういう変態ポジションが特徴なんです、オフセンターボール雲台って。なんならこのままカメラを左側まで回せますし、下向きにもできます。これを見て「重量バランスどうなのよ?」とか「ボール径それで足りてんの?」とか思ったアナタ、はい、すべて正解です。いろいろと不利な設計になっているわけで、機能的に無理のあるスタイルなのは事実です。

が、しかし。この変態ポジションまでワンアクションで「ぐにょにょ〜ん」とカメラを移動できるというのが、安定度とトレードオフになる自由度のベクトルに全振りした、オフセンターボール雲台の唯一無二な魅力というわけです。ま、こればっかりは使い込んでみないとわからないんですけどね。そして、それ以上にわからないのは最初の自由雲台にコレを選んだあの日の自分のセンス……若かったんだろうなあ、オレ。

で、いまは基本的に機材をアルカスイス規格にしているので、この雲台もこんな風に使っていました。Really Right Stuffの60ミリレバーリリースクランプB2-LR-IIを、上からは3/8→1/4アダプター、下からは雲台に付属の止めネジで挟んで固定しています。レバー式のクランプは回転ノブ式に比べると重量の面では不利ですが、ちゃんと精度の出ているプレートとの組み合わせで使っている限り、わずかな増量分など吹っ飛ぶくらいの快適さがあります。それに、クランプのジョーが開いているのか閉じているのか、目視で確認できるのも有利です。これは自分の性格もあるのですが、移動時など持ち運びの段階では、基本的にすべてのネジ類を程よく締めておきたいんですよね、機械的な精度を維持するためには。

1990年の創業から着実に評価を高め、いまや撮影機材の世界でデファクトスタンダードとなったReally Right Stuffですが、しばらく前にカリフォルニアからユタに拠点を移してこのかた、品質管理の面ではよくないハナシもちらほらと聞こえてくるものの、革命的なデヴェロッパーが登場しない限りは、ずっと使っていくつもりでいます。

さてさて、再び本題に戻ると、このセットアップには難点もありまして、とくに急いでカメラを左に振ったとき、たまに緩むんですよ、クランプを留めているセンターのネジが。そりゃまあ、1点留めなんでしょうがないわけです。それからクランプの固定位置ですが、そもそも古いGitzoの雲台って、カメラをセンターで固定できないモデルが多いんですよね。この初期G1275MもスリットがT字なので、レンズの光軸に対して雲台の回転軸をセンターで合わせると、カメラ位置はかなり後ろになります。

これ、ファインダーを見ながらパンするのに、目の移動量が大きくなるので、地味にイヤなんですよね。理想的にはカメラの三脚ネジ穴=雲台の回転軸=当然ながら三脚の中心軸、であってほしい……。

そこで、買ってみました、新しいG1275M……同じモデルを、もう1台。新しい、といってもヤフオクで中古をポチったのですが、1999年に仕様変更された第2世代のモデルです。スリットがT字から一文字になって、しっかりセンターが出せるようになったんですよね。これは正しいリニューアル。というか、なんでT字だったんだGitzo?

すごくキレイな状態のものが手に入りましたが、こちらもフランス製造時代の古いモデルで、コルク仕様です。これがやがてラバー仕様になり、製造拠点もイタリアに移り、現行モデルはこちらです。Gitzoでは命名規則が大きく変わっているので連続性がわかりにくくなっていますが、いずれも2型で、基本的には同じサイズ、同じ機能。この上に3型のモデルもあるわけです。

で、これならクランプをセンターに固定できる!と喜び勇んでT字のG1275Mから止めネジを外して……

こんな二刀流になったわけですが、実際にクランプを固定してみると……

あらま……実は微妙にセンターが出ていません。Gitzoの止めネジ、見ての通り先端の3/8ネジをカメラに(この場合はクランプに)ねじ込んで、それを根元の1/4ネジと樹脂製のプレート部分で突っ張る、という方式なのですが、そのプレートが意外にデカく、干渉して左に寄せきれないという……。この状態で前後はセンターですが、左右は数ミリ右にオフセットしています。ま、この左右のオフセット分はプレートをずらして使えば解決するので、見栄えはともかく「センターは確保!」ということで、お困りの皆さん(いるのか?)いかがでしょう。

ところで、止めネジを取られたT字のG1275Mはどうしているのかというと……新しい止めネジをもらって、無事に予備機となりました。これも純正の止めネジですが、現行モデルではネジの素材が真鍮からステンレスに変更されました。樹脂プレートの形状も変わり、サイズ的には大きくなっています。

そもそも純正の止めネジを使わず、シンプルに3/8ネジ2本で固定すればギリギリまで寄せられるわけですが、それだと現場でアルカスイス対応にしていない機材を直付けする必要が発生したとき、工具なしで対応するのが難しくなるので、ちょっとイヤなんですよね。手まわし可能なDリング付きの3/8ネジで、頭のサイズが合うものが見つかれば、いずれ替えてみたいと思います。

ま、ネジ沼も深いんですけどね〜。

針仕事ナシでバックル交換!

数年来のお気に入りだったCode10のバックパック、しばらく前からバックルが不調でした。で、修理しようにもこの手の部品は基本的にガッチリ縫いこまれているわけで、それを解いて、またギチギチに縫い直して……という作業の手間を思いつつ、ダマしダマしの運用が続いていました。買い換えるにしても、今さら完全防水じゃないカバンなんて、ゲリラ豪雨にパソコンをヤられた経験者としては問題外です。でも防水カバンって使い勝手のいいヤツ、少ないんだよねえ……。

ということで、先日ちょっと本気を出して調べたら、見つかりましたぞスグレモノ。同じ状況でお困りの諸兄諸姉にしか意味のないゴリゴリの実用ネタですが、誰かのお役に立てば……ということで。

こちらが愛用のCode10、初期モデルです。現行品はフロントの止水ファスナーが長くなってたり、ボトルポケットが深くなってたりしますが、まあ機能的には変わっていません。メインのコンパートメントは1気室で、クルクルッと巻いてパチンと留めればドライバッグの完成です。浮き輪になります。そんな目に遭いたくないけど。

で、このバックルにヒビが入っていまして……

うっかりここをつかんで持ち上げたりすると、外れます。ついでに指の皮を挟んで血豆ができたりもします。もちろん持ち上げるためのハンドルは別にあるのですが、こっちの方がつかみやすいからね〜、持っちゃうのよ。

で、見つけたのがSea To SummitField Repair Buckleです。今回は25ミリ、2ピンのタイプ。写真でお分かりの通り、古いバックルを外して、縫い込まれたテープの輪にネジを通して取り付ける、というアイテムです。このSea To Summitはオーストラリアのアウトドア用品メーカーで、商品のラインナップを見ても、海から山までという屋号に見合ったオタクっぷりを存分に発揮しています。例えば、底がアルミで胴体が耐熱シリコンのフラットに折り畳めるケトル、とか。近ごろのオージー企業って、突き抜けた感ある連中、なんか増えましたよね。Black Magic Designとか業界地図をじゃんじゃん塗り替えちゃって、本当にすごいし。

……と、そんな与太話をしている間に古いバックルが外れたので、取り付けます。注意点はひとつだけ。古いバックルはプラスチックのこぎりで切って取り外すわけですが、テープに傷をつけないよう慎重に! そっちをダメにしたら、今度は本当にタフな針仕事が待っています。

バッチリです!

……と書いて終わりたいところだったのですが、勘のいい人はお気付きですよね? 実はこのバックパック、内容量の変化に応じてトップの巻き方を調整すれば、ある程度は容量が変えられる、というギミックがあるのですが、最大サイズで使うときにはトップが巻けないので、全体の写真に見えるサイドのバックルを相方にして、犬の垂れ耳みたいなスタイルになるんです。ところが、純正のバックルと交換したバックルの規格が合わない。というか、規格化されてないんですよね、メーカー間では。ファスナーと同じで、TaronやIdealとYKKの間に、互換性はないわけです。

というわけで、サイドのバックルも交換すべくこちらも発注しておきました。

Sea To Summitの製品、Amazonにもありますが、石井スポーツやアートスポーツに行けば現物も見られるハズです。ご参考まで。

新橋〈Bois Vert〉最後の夜。

2020年6月、東京・新橋のレストラン「ボワ・ヴェール」の灯りが消えた。

オーナシェフのカズさんは、まさに天才肌の料理人だ。ボクたちが長く活動を続けているNPO「伝統肉協会」の理事としてもお世話になっていて、皆さんの中にも食べた人がいると思う猪鹿合挽きの「マタギナルドハンバーガー」のミートパティの美味しさも、カズさんの的確なアドバイスに支えられていた。

伝説の「クラブニュクス」料理長から、いまは「トレフミヤモト」のオーナーシェフとなっている宮本雅彦さんに師事した本格派だが、その一方では「元は大阪のケンカ番長」とか「フランス修行から外人部隊を目指していた」とか、いろいろと型破りなカズさん。そんなカズさんが「青森の食材とフランス料理の融合」を実現したのが、この「ボワ・ヴェール」だった。そこでカズさんは、フルレザーでオーダーしたスタッズだらけのサボを履き、トゥックにダチョウの羽を飾りながら、ドラァグクイーンだらけのパーティを主催したり、祝いのイベントに「肉ケーキ」を出したりしていた。

「ボワ・ヴェール」のトイレの壁。ボクらは勝手に、これを「カズシェフのアイコン」だと思っていたのだが、どうだったんだろう……

そこでボクらは、毎年の「狩猟肉オンリー」なクリスマスパーティを開催させてもらっていた。初めてハクビシンを食べたのも(しかも美味しかった!)この店だったし、青森が世界に誇るべき珠玉のクッキングアップル「はつ恋ぐりん」を知ったのもこの店だった。大鰐温泉の地熱が支える室育ちのすっごい土耕もやしとか、いまのところ自分史上ベストな熟成のキジとか、書き出したら止まらなくなるほど、さまざまに美味しい体験をさせてもらった。

そんなカズさんが倒れたのは、1月のことだった。

詳細は控えさせていただくが、なんとか急性期を脱したカズさんは、いまも回復期のリバビリテーションと向き合っている。もう10年以上も前のことになるが、このリハビリテーションがタフなものであろうことは、杖を使うようになった自分としては、痛いほどよくわかる。早期の復帰が叶わなかった状況では、長く、苦しい闘いが避けられないわけだ。そして、そこに逃げ場はない。転んでも、転んでも、立ち上がって闘い続けるしかない。

そして、当然ながらクローズしていた「ボワ・ヴェール」だが、現時点では再開のめども立たず、折からのコロナ自粛な状況もあり、この6月いっぱいで撤退する、ということになってしまったわけだ。

その最後に、長年のファンが集まって「ボワ・ヴェール」を見送ろうと、残されていた食材をふんだんに使いきった贅沢な感謝祭が、ひそやかに開催された。料理を担当してくれたのは、カズさんの薫陶を受けたこともある「Foodist Link」の高田大雅シェフ。シカやイノシシを中心とした多彩なメニューがずらりと並び、最後にはゲストがめいめいに好みの器を持ち帰ったり、アンティークなピアノの引き取り先を考えたり、エントランスで飼われていた金魚たちが里親を見つけたり、そんな夜だった。

これ、ここに書いたからって、状況は変わらないんですけどね、書いておきたかったんです、少しだけ。ブログを開設した途端に泣ける話になっちゃうのもどうかな、とは思ったんですが……。

でも、待ってるからねカズシェフ。

料金表、できました。

前々から「作ります」とかいっててヤルヤル詐欺になっていた料金表ですが、とりあえず作りました。これが相場的にどうなのかはさておき、なにかをオーダーするときの基準のひとつにはなるのかな、と思っています。ま、面白ければ予算に関係なくやっちゃうんですけどね(←悪いクセ!

興味のあるかたは、こちらをご確認ください。新メニューの追加など、ときどき改定されていく、と思います。

で、以下「それを書いちゃミもフタもないぜ……」というハナシになりますが、見積もり、苦手なんです。というか、見積もれないんです。

これまでにも「じゃ、なんかやりましょうよ!」的な盛り上がりからプロジェクトが動き出して、ざっくりラフな打ち合わせが終わったあたりで「ではお見積もりお願いします」といわれることがあったわけですが、できないんですよねえ、それが。

ボクにとっての理想の仕事は(そんなん考えてる時点で独立事業主としては失格、というか、儲からない族が確定するんですが……)提供したアガペーに対してアガペーが返ってくる、というカタチです。これは永遠に変わらないと思います。

ギリシア哲学における、あるいはキリスト教的な神学における「アガペー」とは、基本的には「無償の愛」であり、すなわち「見返りを求めない」わけですから、当然ながら対価の多寡などに影響を受けることのない、可能なかぎり最大限のリソースの提供を意味する、と考えています。古代ギリシア語には四つの「愛」があるといわれますが、よく知られる「エロース」では、自分が捧げたエロースに対して見合うだけのエロースを求める、という観念が、その根底にあると思うのです。

その意味で〈見積もりを求める〉のも〈見積もりを出す〉のもエロースだと思うんですよね。お互いに、成果と対価のバランスを見たいわけですから。

で、これが苦手なんです。なぜって、100万円の仕事も、1万円の仕事も、プロボノな仕事も、書く原稿も撮る写真も同じですからね。仕事の規模感が大きい場合には、打ち合わせの回数を増やしたり、服装を整えたり(笑!)という配慮はしていますが、肝心の〈成果物〉を規模感に合わせてグレーディングする、というのが、そもそもの〈仕事観〉とは決定的に馴染まないわけです、よ。

そんな想いもあっての、料金表です。

でも、予算的に難しい場合は、そういってください。ボクにとって重要なのは、その限られた予算の中で「この部分に最大限を割きました!」という〈全力のアガペー感〉なのであって、それには〈全力のアガペー〉で応えるべきだ、と思っていますので。

……あ〜あ、書いちゃった(笑。

初めまして。あらためまして。ブゥニィズ ワァクスです。

大学を卒業して出版社の新入社員となって以来、30年以上の長きにわたって「書く」という行為と向き合いながら生きてきました。世代的には万年筆とペラ(ほぼ「作家ではない職業執筆者」にしか使われることのない200字詰で縦型の原稿用紙)で始まった編集者人生でしたが、やがてワープロになり、パソコンになり、フロッピー入稿と電算写植になり、DTPになり……その間に世間はパソコン通信の勃興からインターネットの全盛期を迎え、そしてブログ時代になりました。

……なのですが、実は〈職業モノ書き〉って、自分のブログ、難しいんですよ。

個人サイトを立ち上げ、自分のブログを始めるというのは、新雑誌の創刊のような媒体のスタートアップに他なりません。1933年にアメリカ合衆国で世界初の男性誌として創刊した『Esquire』の初代編集長アーノルド・ギングリッチは「雑誌づくりは青年の夢だ」といったのですが、その至言には、いまも変わらぬロマンがあります。個人のブログも、立派な媒体です。

でも、それだけに、媒体を立ち上げるには〈テーマ〉が必要です。モチベーションを支えるだけの強いテーマが、言い換えれば、タイトな〈縛り〉が必要です。そうやってきっちりと整えられ、しかも閉じられた扉を開けるだけの動機が、必然性が、あるいはオーダーがないと、職業モノ書きの手は筆を執りにいけないのです。だから、なんでも自由に、ふわりと日記を書いて、さらりと公開できる……というユルさこそが、実は職業モノ書きにとってのハードルなんじゃないか、と思うのです。いや、思っていました。いやいや、いまも変わらず、そう思っています。

思ってはいますが、周囲から「なにか生存確認できるチャネルを作れ!」と言われ続けて数年、やっと手をつけたのがこのサイト、というわけです。それも、単体のブログだけでは本気が出ないので、コーポレートサイトに組み込みました。主従としては、トップページよりもこのブログページこそがメインストリーム、なのかもしれません。

ともあれ、そんな背景もあるので、このブログも多方面に散らばりながら、しだいに媒体化していくことになるんだと思います。まあこれは書き手の自己肯定感だけの問題なので、皆さんは必要と興味に応じて、読みたいところだけを拾い読みしていただければ幸いです。

なるべく更新します……死んでなければ(笑。